(前回のあらすじ)クレオパトラとバラを結びつける証拠を探すために、プルタルコスの対比列伝を読んだわたし。しかしそこに求める記述は見つからなかった…
そのため、まずはクレオパトラに関する資料は何があるのか、一度まとめてみることにしたのだったーー
~~~~~~~~~~~~~クレオパトラの記述がある資料は何があるのか、それをまず知るために、私は「クレオパトラ(クリスティアン・ジョルジュ・シュエンツェ (著), 北野 徹 (翻訳)、白水社、2007年)」を読んだ。
この本はクレオパトラの「概要」を手っ取り早く知るのにはもってこいの本だ。
面白い!!というタイプの本ではない気がするが、クレオパトラについて、非常にコンパクトに、わかりやすくまとめている。
本書の中でクレオパトラに関する主要な資料として挙げられていたものを、一部改変し下記にまとめる。
(また、この記事を書いている現在、読み途中の資料もあるので、このページは今後も編集し増強していく予定である)
≪クレオパトラとほぼ同時代に書かれたもの≫
・キケロ…「国家論」などの著作で有名な政治家・弁護士・哲学者。友人への書簡の中で、クレオパトラに対する憎悪を吐露。よくわからないがなんかクレオパトラといざこざがあったらしい。
・ストラボン…「地理誌」で有名。アウグストゥス統治下のアレクサンドリアを訪問したという。地理誌17巻1.10 や地理誌17巻1.11でクレオパトラについてちらっとふれている。
・カエサル…言わずもがな、ローマの英雄。クレオパトラとの間に男の子が生まれる。カエサルがクレオパトラと出会った頃に起こった戦争を記録した「アレクサンドリア戦記」にクレオパトラ登場。でもいちゃいちゃしたことは書いてない。
≪クレオパトラの没後しばらくしてから書かれた歴史書等≫
・プルタルコス…前回の記事で紹介。「対比列伝」にクレオパトラの記載あり。
・ディオン・カッシオス(155―235年頃、ニカイア生まれ)…「ローマ史」に記載あり。
・フラウィウス・ヨセフス(37-100年頃、ユダヤ人)…「ユダヤ古代誌」にクレオパトラ登場。旧約聖書の赤子殺しで有名なユダヤのヘロデ王と関わりがあったようだ。(知らなかった~!)
・アッピアノス(2世紀)、スエトニウス(90―150年頃)…「カエサル伝」「アウグストゥス伝」 ほとんど目新しい情報はないけど言及あり。
・ウェッレイウス・パテルクス Velleius Paterculus (1世紀)… 「Roman History」Book2 Chapters59-83 政治的文脈でクレオパトラ登場。
・プリニウス …「博物誌」にクレオパトラに関するエピソードが度々出てくる。
・フロルス(1-2世紀)…歴史家。「Epitome de T. Livio Bellorum omnium annorum DCC (ラテン語で読めない…)」に記載あり。
・アウルス・ゲッリウス(2世紀)…「アッティカの夜」というなんでもブックの2巻に登場。
・ウェルギリウス…文学作品「アエネイス」にちらっと登場。
・ホラティウス…こちらも文学作品「詩集」に言及がある。
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さて、私は半月ほどかけて、以上に挙げた古代の資料を片端から眺めた。多くの著作はネットで読むことができた(ただし英語…苦手…)。
そして上記の資料の中には、やはりクレオパトラとバラを結びつける記述はなかった…。
ここまでくると「誰だよクレオパトラはバラを敷き詰めてアントニウスを出迎えたなんて言ったやつ」と怒りすらわいてくる。これらの資料にでてこないのなら、これはもう、後世の創作と考えるのが妥当なのでは?と思えてきた。
だとすると、一体いつから「クレオパトラはバラを愛していた」と言われるようになったのか?誰が最初に言い出したのか?ここまできたら何が何でも見つけ出したい。
実はこの推論のせいで大幅な遠回りになってしまうのだが、次回は「中世ヨーロッパにおけるクレオパトラ」について記述する。
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