「カエサルの食べ残し」はひどすぎるよシェイクスピアさん
前回までのあらすじ
「クレオパトラはバラを愛した」という逸話のソースを探すため、クレオパトラに関する古代の資料を片っ端からあたってみたわたし。しかし、そのような記述は見つからず、後世の創作と考えるのが妥当なのでは?と思えてきた。
そこで、クレオパトラが出てくる作品といえばコレ!なシェイクスピアの時代における、クレオパトラのイメージについて調べてみることにした。
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シェイクスピアの「アントニーとクレオパトラ」
クレオパトラの時代から千年ほどくだり、中世ヨーロッパ。クレオパトラを取り扱った有名な作品として、シェイクスピアの「アントニーとクレオパトラ」がある。超がつく有名作、もしかしたらここで、クレオパトラがバラを愛していた、というような表現をしていて、そのイメージが広く伝わったのではないか?と思い「アントニーとクレオパトラ(福田恆存/訳 新潮文庫、1972年)」を読んでみた。
しかしこちらにもそれらしき描写はなかった…。
ちなみにこの作品はプルタルコスの「対比列伝」をもとに劇作品に仕立てたもので、登場人物のセリフはシェイクスピアオリジナルになっているとはいえ、ほぼプルタルコスの著作に忠実な流れであった。
それにしてもシェイクスピアの描くクレオパトラとアントニウスの激しいことといったら…
≪私的とんでも発言ベスト1≫
アントニウス(アントニー)「始めて会ったとき、貴様(クレオパトラ)は死んだシーザーの皿の上の冷たい食い残しだった。それどころか、ネーアス・ポンペイの食い散らした残り物だったのだ 」
アントニーとクレオパトラ(福田恆存/訳 新潮文庫、1972年 p.139)
ひ、ひどい・・・・(※クレオパトラはアントニウスと出会う前、シーザー(カエサル)の愛人であった。さらにその前はポンペイ(小ポンペイウス)の愛人であったという説もある)
わたしがそんなこと言われたらマジギレする(写真は京成バラ園で撮影) |
シェイクスピアの見事な言い回しを楽しんだあと巻末の解題(福田恆存氏)を読んでいると、シェイクスピアが参考にしたかもしれない、彼以前の、クレオパトラを題材とした著名な作品として、チョーサーの名が挙げられていた。
チョーサーは「カンタベリ物語」で有名なイギリスの作家である。彼の「善女列伝」という著作の中に「クレオパトラ伝」があるという。クレオパトラが善女というイメージはあまりなかったので、気になって内容を確認してみた。
チョーサーの「善女列伝」
研究論文「ジョフリー・チョーサー作 『善女列伝』(2)-性愛に殉じた聖女伝集(地村彰之・笹本長敬 訳)」を読んでみた。それによると古代の歴史家や詩人たちが、クレオパトラを悪女としていたのに対し、チョーサーはクレオパトラを「愛する男を追って死ぬ健気な女性」として描いている。
にしてもチョーサー版クレオパトラは、アントニウスがアクティウムの海戦敗戦直後に自殺していたり(プルタルコスら古代の著作では、海戦後しばらくクレオパトラと自暴自棄の生活を送っている)、クレオパトラが裸で蛇のいる穴に飛び込んで死のうとしている。そして「これは史実であって、虚構ではない。」と言い切っている。大変強気である。
地村氏らの注釈によると、チョーサーが何を見てこの記述をしたのか正確なソースはわからないそうだ。ただ同年代の作品でボッカチオの「著名人没落物語」「著名婦人伝」にクレオパトラの話があるらしく、それを参照した可能性があるという。
ちなみに「クレオパトラ 蛇穴に飛び込む最期説」をとっているのは、チョーサーのこの話と、ジョン・ガワー(14世紀、中世イングランドの詩人。チョーサーと交友関係があったらしい)だけだそうだ。
ジョン・ガワーの「恋する男の告解」
ガワーは、「恋する男の告解」《原題Confessio Amantis》という、英国王リチャード2世の依頼で書かれた作品で、キリスト教における七つの大罪を主題とする長編詩の第8巻「Lechery(色欲)」の中でクレオパトラに触れている。ちなみにこの「色欲」は、クレオパトラを指したものではなく、たぶん彼女にハマって没落したアントニウスをさしている。(原文読んでみたら古英語でよくわからなかったので、「たぶん」としている。)
↑日本語訳もあるが、高くて手がだせていない。図書館にあるかなぁ。
北村氏によると、ガワー版クレオパトラも、蛇穴に飛び込んで自殺する痛ましい女性とされているそうだ。
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ということで、中世ヨーロッパの作品の中でも、クレオパトラとバラを明確に結びつける記述は見つからなかった。
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